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東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー

そういえば、コロナ禍のせいもあってか熊本県に全然行っていない。
出水市や長島町までは行くけれども熊本県に入っていない。
天草の島々や水俣の山々を眺めてはいるけれども県域に入っていない。
そう気づくと無性に行きたくなる。ヒライのお弁当や日奈久ちくわ、水公社のちゃんぽんとかソフトクリームが食べたーい。
という思いとコロナ退散への希望を込めて、鹿児島なのに「阿蘇」な世間遺産をご紹介。

学生時代、うみがめ研究会というサークルに所属していたため、夏期になると吹上浜で海亀上陸パトロールを行っていた。
当時は部員が少なく、故に担当のパトロール回数も多く、暗い浜を数人でよく歩いた。
その際の出発点としていたのが入来浜。
いつも夜のパトロールだったので僕にとっての浜のイメージは「暗い」であった。
それだけに、明るい時間帯に入来浜に来ると新鮮で、ある時途中の道沿いで「若宮神社」の看板に気づいた。

若宮神社は、入来浜などを見下ろす高台にあり、地元の方々が展望所まで設置しており、前述のように案内看板もあるウェルカムな雰囲気の神社。

東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー
高台からの眺望:東川隆太郎撮影

加えて神社までの坂道には、浮輪を活用したゆるい装飾が施されていて、それらもどこか世間遺産的である。

東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー
参道の装飾:東川隆太郎撮影

社殿は海沿いの高台にあることを考慮してかコンクリートできっちり造られていて、風対策はばっちりといった趣。

東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー
若宮神社の社殿:東川隆太郎撮影

この高台は鈴ノ尾山と呼ばれていて、若宮神社は、昔は伊作郷の地頭仮屋近くにあったとされている。
文政7(1824)年に編纂された「名勝志御再撰方萬しらへ帳 伊作」には、若宮大明神の項に「造立年月等相知不申候」とあり、また「神躰石躰石之小倉入」と御神体が石であることも記載されている。
そして江戸後期には、現在地に安置されていたようである。

その社殿の横に、現在ふたつの小さな社が並んでいるが、うちひとつが「阿蘇様」である。

東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー
阿蘇様が安置された社:東川隆太郎撮影

もうひとつは恵比寿様を祀っているお社で、漁港が近いゆえに特別感はない。
やはり、謎なのが「阿蘇様」である。
お社のなかに安置されているのは、御神体の大きな軽石。
明らかに巨大な噴火を起源としたものと考えられる。

東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー
阿蘇様:東川隆太郎撮影

境内に設置された案内看板によると、疱瘡が流行した際に、村人が阿蘇山から分神として御神体を船で運び、祀ったのが始まりとされる。
近年までは「ホソ団子」を作り未就学児が無病息災を祈願して「ダゴ ハタッ」と呼ばれる祭りを行っていたという。
その祭事に参加した地元の方に聞くと、「ホソ団子」は食べると美味しくなかったという。
あくまで奉納のための団子であったようだ。
看板から推測すると、大きな軽石は阿蘇カルデラ起源であり、そうした巨大なエネルギーによって生み出されたものに宿る力に疱瘡退散の祈りを込めたのではと読み取れる。

吹上浜なのに「阿蘇様」という意外さと、かつての感染症である疱瘡の退散を祈願する地域の思いは、コロナ禍の現在にも通じるように思えて、世間遺産に認定した。

東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー
若宮神社入口:東川隆太郎撮影

参考文献

吹上郷土誌 資料編  平成15年3月発行 吹上郷土誌編纂委員会

この記事はかごしま探検の会の東川隆太郎さんに寄稿いただき、カゴシマニアックス編集部で編集したものです。

かごしま探検の会ホームページはこちら

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東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol24.阿蘇様(日置市吹上町入来)ー

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