東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol17.三柱神社の参道階段(曽於市大隅町岩川)ー




昨年末、携帯電話をスマートフォンに変えた。
周りにガラパゴス携帯なるものを使用する人が極端に少なくなったこと、いわゆる「社会的距離」を保つことが求められる中で他者と直接顔を合わせる機会が減り、それでもそれに準ずるコミュニケーションをとらないといけない際にスマートフォンの方が何かと便利そうと考えたため、あと今までの機種が物理的な原稿をお迎えになりつつあったからである。

アナログなたちなのでなんとなく敬遠していたのだが、スマートフォンは使用してみると確かに便利で、PCを開かずとも返事やコメントができるツールが増え、「つながる」ことがたやすくなった。
かといってコミュニケーションや情報収集法が極端に変化したわけではなく。
相変わらず知りたいことは現場や図書館や当事者本人へのコンタクトによって情報を得るようにしている。
ただ、情報のきっかけを得るという途中経過等においてスマートフォンは役に立っている。
何においても物は使いようということか…このページの管理人・中園氏が20年前には気づいていたであろうことに最近気づいた。

とはいえ、今回の世間遺産もスマートフォン発とかではなく、現場でうろうろしている中で遭遇し、文献で確認したという過程を踏んで認定したすばらしい空間である。

曽於市・旧大隅町の中心地といえば岩川である。弥五郎どん祭りで有名な岩川八幡神社のあるあたりから北西方向の山間部に向かうと、菅牟田地区に到着する。
岩川に至る田園地帯に水を供給する菅牟田井堰の水源のある地区で、初夏の夜にはホタル観賞ができることでも有名である。

菅牟田地区の看板」:東川隆太郎撮影

その菅牟田の小学校裏に小さな神社がある。裏といっても急な階段を上った場所にあり、見上げると絶望的な気分になるが、社殿の背後までぶーんと自動車で行くこともできる。

参道:東川隆太郎撮影

神社の名は三柱神社で、前述の岩川八幡神社と比べると歴史は浅く、大正9(1920)年2月11日の創建。
創建の年月日が細かくわかっていることも新しい神社っぽいといえるが、2月11日というのも時代を感じる。
また当社の創建に菅牟田小学校の校長が関与している点もユニークで見逃せない。
当時の校長は池之上正孝氏で、拠りどころとなる神社がなかった地域のために神社創建に尽力したとのこと。
御祭神は、三柱の社名の通り、天照大神、豊受大神、明治天皇の三柱とし、神社の敷地整備などは地域の青年団含めて奉仕したという。
そのような神社に池之上氏が校長をしていた小学校から参道となる階段が延びている。

学校から連続する参道:東川隆太郎撮影

この階段は数えてみると101段ある。
地域住民などで新しく整備された神社だけに階段数も計画されたものである。
101段の理由は、百パーセントの上にもう一歩前進してほしいという教育効果が込められたものであるとのこと。
このような理由で神社参道が整備されているのは、おそらく県内ではここくらいであろう。

社殿は素朴、境内にある石灯籠は笠石の形状がムーミンにでてくるスナフキンの帽子のよう、社務所に密接したおみくじ箱も味わい深いと世間遺産的興味をそそる要素に溢れている神社でもある。

三柱神社の社殿:東川隆太郎撮影
笠石が特徴の燈籠:東川隆太郎撮影
素朴なおみくじ箱:東川隆太郎撮影


奇しくも階段の段数と同じ101年前の校長先生始め地域の人々の想いを受け継ぐ静かな空間のすべてに居心地の良さと感動を覚え、世間遺産に認定した。

参考文献

大隅町誌(改訂版) 平成2年発行 大隅町誌編纂委員会

この記事はかごしま探検の会の東川隆太郎さんに寄稿いただき、カゴシマニアックス編集部で編集したものです。

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