どうも、僕です◯┓
鹿児島市加治屋町、鹿児島中央駅から徒歩圏内の街なかに西郷隆盛の生誕地があります。
いつも綺麗に整えられている不思議なスポット。
今回はこちらのお話を。
まずは西郷さん生誕の地。
とても綺麗に整備されています。
「さすが鹿児島」と思わせてくれるスポットではないでしょうか。

生誕の地石碑。
碑のまわりを囲む石が鎖で繋がれ、手を繋いでいるようにも見えます。
基礎知識やガイド・案内の人がいるとなるほどふむふむと見れるような気がするのですが、自分の中の数少ない歴史情報や看板などを見てあとは想像力で補うのが僕の歴史の楽しみ方です。

この石碑を建てるのに携わった方々の名が刻まれています。
大山巌はじめ薩摩の偉人、ビッグネームが並んでました。
すげぇところだなぁ加治屋町ってやつはよぉ・・・となります。
それにしても綺麗にしてる。


ちなみに、この近くには大久保利通の生誕地もあり記念碑があります。
明治22年に石碑が建てられた経緯が書かれており「西郷さん(大久保さん)はこの地で生まれて、みんな敬っていた。亡くなってから時間が経って生誕地が消えて忘れられてしまうのは残念だからみんなで相談して石碑を立て、ここが生誕地であることを永遠に伝えることにした。あとから生まれるみんなたちも同じ気持ちでがんばってほしいんだよ!」的なことが書いています。

大久保利通の生誕地も近くにあります。
こちらは維新ふるさと館のすぐそば、川沿いです。
知らないとなんとなく通過しがちなスポットでもあります。

同じデザインの石碑が建っています。
西郷さんと大久保さん、同じ石碑を作ろうとみんなでえっほえっほと石を運んだんですかねー。
その後、戦争でこの界隈も空襲にあっている中、どんな感じでここまで来たんでしょうか。
鹿児島市内はこうだったけど、ここからさらに否かにいた僕の祖先はどう思っていたのか、そもそもリアタイでキャッチアップできる環境だったのか。
そういうことを想像すると、ここにいるのが不思議な気持ちになります。

同じデザイン同じことが書いてあります。
「同じ感じで作らないと、やっぱ角が立つんじゃね?なんだかんだで仲良かったしさ、同じ感じがいいよね?」という感じで作られていったのではないか、そうだったらいいなぁと思ったりしながら石碑を眺めます。

全く同じデザインというところにメッセージ性を感じます。
大久保さんと西郷さんの関係は当時から色々言われていて「みんな仲良くやってたんだよ、あとのお前らも仲良くやってくれ」と言ってるんじゃないかなぁと思わずにはいられません。
これだけ色々考えさせてくれる、石碑ってすげぇなぁと思ったのでした。
ネットで住所を調べていると、西郷隆盛・従道生誕地とありました。
そらそうか弟ですしね。
そいじゃあまた!
西郷隆盛·従道誕生地
場所:鹿児島県鹿児島市加治屋町5

