地域で信仰される民俗神は、なんらかのかたちで祀られている地域の個性が反映される。
石像ならば建立された時期や石工の力量、地域の人々の想いなど、同じ民俗神でもそれぞれに異なる部分がある。
それだけに巡ることに楽しみが生まれ、比較したり、それぞれの地域を知るきっかけになったりする。
最近私の中でのブームは南九州独特の民俗神である「田の神様」。
でも時々は浮気もし、海岸地域では「恵比寿様」も巡っている。
鹿児島県内の屋久島以北の海岸地域には、漁業の神として恵比寿様が信仰されている。
地域によっては商売繁盛を願い、漁港に近接していなくても建立されているところもある。
そのような恵比寿様が多く確認できる地域のひとつに阿久根市がある。
南北に長い海岸線を持つ阿久根市は、漁船の停泊する漁港が点在している。
それだけに、それぞれの漁港には恵比須様が安置されており、なかには大黒天と並び祀られていて、両方とも個性的な場合もある。
また着色がしっかりされたものが多く、且つ色あせていないことから、それぞれの集落や漁業関係者によって現在も大切にされていることがうかがえる。
形状もさることながら、着色がしっかりしているということは、それだけ地域の個性も反映しているといえ、どちらかといえばユーモラスな表情を浮かべるものが多い傾向が見て取れる。
牛之浜漁港の恵比寿様と並ぶ大黒天は、マツコ・デラックスを彷彿させる姿であったり、大川島海岸にいる恵比寿様と大黒天はその仲良しすぎる姿が印象的であったりする。
このような阿久根市の恵比寿様をすべてまとめて世間遺産に認定したいところであるが、今回は中でもとびっきりに私の心を捉えた恵比寿様をご紹介したい。
阿久根市の北西部に位置する脇本浜は、眼前に寺島という丸い形状の無人島が浮かぶ風光明媚な港である。
寺島は、江戸後期に島津斉彬の下で活躍し、明治政府でも外務関係の仕事に従事した脇本出身の偉人・松木弘安が、寺島宗則と名前を改めた際に由来とした島。
港のある海岸沿いにはアコウ群が茂り、これまた海岸沿いにある通路の屋根付きの公民館は独特の趣きを醸し出している。
すべてが絵になる集落が脇本浜に恵比寿神社があり、恵比寿様が安置されている。
朱塗りの祠のなかを覗くと三体が並んでいる。
中央と右側の像は、魚を抱く姿から恵比須像と想像されるが、左側の少々アンニュイな表情を浮かべる像は、判断しにくい。
阿久根市の他の前例からすると大黒天であろうか。
さて、中央の一番背の高い恵比須像は、ヒゲの具合や頭に意図して巻かれたタオルと相まってインパクト大。
製作段階で漁港関係者にモデルとなった人物がいたのではと想像されるほどの人間っぽさがいい。
右側の恵比寿像もやさしい笑みを浮かべており、脇本浜のおだやかさが表現されているように思える。
というより、三体のすべてが、脇本浜の風景の象徴のようでもある。
地域に大切にされていることも伝わる姿も含め、数多くの恵比寿像も巡っている私の心を鷲掴みにしたため世間遺産に認定した。
参考文献 阿久根の文化財 昭和57年発行 阿久根市郷土誌編纂委員会
この記事はかごしま探検の会の東川隆太郎さんに寄稿いただき、カゴシマニアックス編集部で編集したものです。
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