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東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol27.形之山神社の物語(西之表市住吉)ー

この記事は1年以上前に書かれた記事です。 営業時間など最新の情報はお店にお問い合わせください。 変更等お気づきの場合はメニューの情報提供カテゴリーからご連絡いただけると幸いです。

とにかく神社の多い島。
それが種子島である。
島全体に点在する集落に必ずと言っていいほど神社がある。
集落によっては、ひとつに限らず二つ以上あるところもある。
それに牧の神や恵比寿神、ガロ―と呼ばれる神聖な森など信仰の対象となる空間が数多くあるのが種子島。
それだけになかなかコンプリートできず、何度訪れても新たな発見がある。

そのような種子島に、昨年仕事でちらっと立ち寄った際、ちらっと通った旧道沿いで素敵な神社に出会うことになった。
それが形之山神社である。

形之山神社のある形之山集落は、西之表市域では西南に位置し、国道58号沿いでは巨大な旧象の看板が目印となっている。

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化石の看板:東川隆太郎撮影

昭和62(1987)年に鹿屋高等学校の生徒らが旧象の骨の一部を発見したことがきっかけで発掘が開始されたからだ。
象だけでなく杉や松の植物化石やタネガシマニシンと呼ばれた魚類の化石やエビ・カニなども発見されて話題となった。
地質年代としては約数百万年前とされ、内湾性の穏やかな環境に堆積した地層と推定されている。

そのような集落の旧道沿いに神社はある。
地域の公民館の隣接地に安置されていて、社殿などは比較的最近新築されたことが見た目にもわかるくらいの感じである。
それもそのはず、神社入口にある案内看板によると平成24年に現在地に移転されたとある。

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神社の拝殿:東川隆太郎撮影
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神社の本殿:東川隆太郎撮影

ところで、種子島のあらゆる情報に関しては「ふるさと種子島」という濃い情報まで掲載されたホームページがある。
素晴らしいことに、形之山神社が海岸沿いの旧社地から現在地に移転する際の神事の動画がアップされている。
この動画がアップされていなければ見ることができなかっただけに、「ふるさと種子島」が貴重な島の記憶を記録し、発信する役割を担ってくださっていることに感動を覚えた。

話を戻して当神社に関してだが、創建年代の詳細は不明らしく、「片之山八幡宮社」と称された時期もあったようだ。
御神体は釣鐘だったとのことで、御祭神は応神天皇と木花咲耶姫命。
御祭神が由来してなのか、お産の神様としても信仰されているようである。

再び神社の案内看板が情報ソースであるが、どうやら平成の移転以前にも移転が行われたようである。
「葉山田」と呼ばれる島内街道沿いにあったが、島主(おそらく種子島氏の当主のどなたか)が参拝の際に馬や籠から降りるのが煩わしいため、道路から離れた海岸沿いの場所に移転させたとある。
この文章を読む限りだと参拝が煩わしいという島主はどうかと思うが、別の資料によると、島主が来島する以前から信仰されていた神を快く思わなかったとも。
それもどうかな。ともあれ、街道沿いよりも不便が生じる場所に移転した形之山神社であったが、その間信仰は絶えることなく、近年になって集落の人々にとって参拝が便利な場所への遷宮が成ったというわけである。

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神社の入口:東川隆太郎撮影
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隣接の公民館:東川隆太郎撮影

ちなみに、隣接地の公民館に並べられた焼酎瓶、神社周辺を飾るゆるい装飾、また当地から海の向こうに見える馬毛島にも当社から分霊したとされる神社があるという由緒にも心惹かれた。

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公民館の焼酎瓶:東川隆太郎撮影
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ゆるい装飾:東川隆太郎撮影

また繰り返しになるが「ふるさと種子島」の遷宮映像には地域の人々の想いがにじみ出ていて、移転を繰り返しながらも引き継がれる当社の物語を世間遺産に認定することにした。

参考文献
ふるさと歴史散歩 第2集 西之表市教育委員会刊行 平成12年
種子島の社寺・民間信仰神 大石虎之助 著 平成8年7月発行
写真集 地球からのメッセージ鹿児島 鹿児島県地学会写真集編纂委員発行 1997年7月
鹿児島県地学ガイド(下) 鹿児島県地学会編 1991年9月発行
「ふるさと種子島」ホームページ映像

この記事はかごしま探検の会の東川隆太郎さんに寄稿いただき、カゴシマニアックス編集部で編集したものです。

かごしま探検の会ホームページはこちら

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