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10号線テンパーク近く「鹿児島県教育会館」のおわかれ見学会を見てきた

どうも、僕です◯┓

テンパーク(中央公園)の隣にある建物、入り口のソテツが特徴的な鹿児島県教育会館という建物があるのですが知っていますでしょうか
照国神社から10号線ぞいにすぐのところにあり、通る時に見たことあるという方も多いのでは。
教職員組合などの組織が入っていた建物で、天文館で遊ぶ時に連れてってくれた給食の栄養士のおばが車を止めさせてもらってたような記憶がうーっすらあるようなないようなところです。
教育関係でない方には縁遠い建物であると思いますが、完成したのは1931年と非常に歴史ある建物なのです。

教育会館 解体

戦争も半焼の被害で乗り越えてきた、94年の歴史ある建物が解体されることになり(保存に向けて色々な動きもあったわけですが、その辺はたくさん情報も出てるのでググってみてください)、見学会が開かれてたので行ってきました。
最近ではモニターに表示されることも増えてきた案内図。
フォントがなんともレトロです。

教育会館 解体

入居していた組織それぞれ用の郵便受け。
古いアパートなんかには残っていますが、縦に長い珍しいスタイルです。
色も渋いですよねぇ。
令和の時代まで使われていたとは。

教育会館 解体

入り口すぐに警備員室もありました。
後から増設された?ような雰囲気。
100年近くかけて大小増改築を繰り返してきた様子を感じることができます。

教育会館 解体

ホワイトボード用のペンを入れていたパインアップルの文字が書かれた空き缶にも時代を感じます。
9月から解体が始まるということで、備品や家具類はほぼ搬出されていました。
そういったものも見たかったなぁと思ったんですが、直前までオフィスとして使われていたのでそれも叶わなかったのかもです。

教育会館 解体

3階建の建物、それぞれの階にトイレがあり、それぞれ違った改修をされていました。
おそらく昔は男女別でもちろんバリアフリー対応ではなかったはずなので、時代に合わせて工夫をしてきた跡を垣間見ることができます。
かなり綺麗な場所もあり、直近まで改修が繰り返されてきたようでした。

教育会館 解体

最近のオフィスは壁を少なくしがちなので、細かく部屋が区切られているのも見受けられます。
この感じ、SIRENとかジャパニーズホラーなゲームのような雰囲気があり、夜歩いたら相当怖そうです。
エアコンもパソコンもない時代から使われてきた建物、時代ごとにいろいろなものを追加してきたのでしょう。
よく見ると、あとから追加したであろう設備、ずっと残してきたであろう箇所があります。

教育会館 解体

電算室。
今の建物や組織で電算室というと、サーバーや重要なデータを管理するデータセンターの意味合いがありますが、多分コンピューター的なものが最初に入ってここでやってたんじゃないかなぁと想像できます。
うちにもコンピューターがやってきたぞ!と盛り上がった日もあったのかもです。

教育会館 解体

発送室。
あんまり聞かない名前です。
もしかしたら、ここから学校の先生たちに物品を送る準備をしていたのかもしれません。
教材とか書類とか、送ってたんでしょうか。

教育会館 解体

8月27日は、建築関連の団体が主催して「最後のおわかれ見学会」が実施され、かつてここで働いていた方などが参加していたようです。
教育会館の歴史、解体までの経緯、建物の歴史的意義などが紹介されていました。
かつてコンクリートは耐用年数50年と言われていましたが、最近の研究ではしっかりメンテすれば100年以上使えることがわかってきたそうです。
コンクリートと言われると、人工物の象徴のように言われるわけですが、しっかり歴史をつなげる建物であることを初めて知ったところでした。

教育会館 解体

説明会が終わり、参加者は2階から上へ。
暑い日でしたが、窓から入ってくる風を感じていると「90年前の人たちもこの風で”涼しかねぇ”」なんて言っていたのかななんて想像ができるわけです。いいこと悪いことあって、ここでタバコでもふかしてた人もいたんじゃないかなぁなんて考えるのも、昔からある建物で過ごす魅力ではないでしょうか。

教育会館 解体

ぞろぞろと階段を上がっていきます。
階段のコンクリ具合、昔の役所や学校は全部こんな感じでしたね。
手すりを支える柱の作り込まれ方もいい感じです。

教育会館 解体

かなり古そうな冷蔵庫。
セイカのモナカを冷やしたりもしていたはずです。
TOSHIBA製。

教育会館 解体

うなぎの末よしのステッカーが貼ってありました。
鹿児島で古い建物を見せてもらう時に結構な確率で出会うやつです。
そして現在存在していないはず(名称変更がなければ)のお寿司屋さんのステッカーも。
出前のはし袋を30枚集めると、上にぎりがサービスというのも時代を感じます。

教育会館 解体

ドアの留木と思しきやつ、これもかなり古そうです。
これを買って持ってきた人がいたのか、業者さんが持ってきてくれたのか・・・なんて想像するとかなり胸が熱くなります(性癖)。

教育会館 解体

案内板に中3階と書かれていた屋上へ。
マキタ製の機材がありました、かなりの年代物と思われます。

教育会館 解体

屋上は太陽光パネルが敷き詰められていました。
昔の人はBBQとか花見とかしてたんじゃないですかねぇ。
そんな広さの屋上。
なかなか見晴らしも良いです。

教育会館 解体

桜島方面を見ると、宝山ホールや本願寺鹿児島別院、鹿児島銀行本店や山形屋などの先に桜島が見えます。
この角度の景色はなかなか見れないですね。
戦争でこの辺りも焼かれてしまったあと、残った数少ない建物から桜島を眺めるのはどんな気持ちだったのでしょう。

教育会館 解体

吉野方面は宝山ホールなどが見えます。
鹿児島市内の街中にいると、なかなか空がしっかり見えませんが広々とした空が見えます。
いいなー、広い空いいな。

教育会館 解体

天文館方面。
昭和のはじめにできて、どんな風に見えていたんでしょうか、今夜は街へ繰り出すかなんてことも何千回何万回と繰り返されてきたのかと思うとまた胸が熱くなります。

教育会館 解体

照国神社方面、県立博物館が見えます。
山形屋、博物館、中央公民館と一緒に市内の「4大ビル」とも呼ばれたそうです。
昔は道路もこんなに綺麗じゃなかったでしょうが、国道3号と10号がつながる要所、昔はどんな景色だったんでしょうね。

教育会館 解体

城山ホテルも見えます。
ここはかつて造士館演武場であり、歴史のある場所だそう。
目の前の道を、明治維新で活躍した加治屋町出身の人たちが鶴丸城へ向かって歩いてたんですかねー。

教育会館 解体

よく見ると、痛みがある箇所もあります。
直して直して94年使ってきた、味わい深い雰囲気があちらこちらに見られました。

教育会館 解体

3階には大きな講堂がありました。
ここで色んな集いや講演なんかがあったという雰囲気が伝わってきます。

教育会館 解体

床板の感じも良い。
たくさんの人がここで過ごしてきたという歴史を感じます。

教育会館 解体

講堂の裏には屋根裏部屋的な場所もありました。
何に使ってたんだろう。
この上まで人が座るようなイベントがあったのかもです。
ベニヤ板のようなもので仕切りがされていて、「教育会館ありがとう」的なメッセージが色々書かれていました。

教育会館 解体

屋根裏に行ってみましょう。
これまたかなり年季の入った階段。
夜暗がりだと絶対怖い雰囲気があります。

教育会館 解体

身長180cmくらいの人だと頭下げないといけないくらい、2m弱くらいの天井の屋根裏。
演台で話す人に耳を傾ける人で賑わったんでしょうかね、不思議な空間でした。
懐かしそうに眺めている方もいらっしゃいました。

教育会館 解体

講堂の後ろにある部屋は床に塗装がされておらず、かなり古い感じがしました。
どんな判断でここは塗らなかったんでしょうね。

教育会館 解体

再び階段、踊り場っぽくなっているところ、小学校がこんな感じでしたねぇ。
枠的なものがあしらわれてるのもそのままです。
こういうのが流行ってたんですかね?

教育会館 解体

畳の間もありました。
休憩とかに使っていたのでしょうか。
テレビもあるので宿泊した人もおる?のかもです。

教育会館 解体

建物入り口の上にも踊り場的な場所がありました。
上から偉い人が手を振る・・・なんてことはあったのか、なかったのか。
選挙の時とかに候補者が出てきた的な感じですかね?
道路が近く見えるのもいい感じです。

教育会館 解体

建築士で飲み友達(1回した飲んだことはないけど、また飲みたいです)の木元さんが「こういうところにこんな大きな石を置くのはもう今はできない」とおっしゃってました。
耐用年数は大丈夫そうでも耐震とか大丈夫ですか?と聞いたところ、費用含めかなり細かいところまで検討したんだけどと残念そうでした。

教育会館 解体

地下もあったので覗いてみます。
建築当時のままではないかという場所もあるらしかったのですが、下は暗かったのでしっかりは見れなかったです。

教育会館 解体

写真は割としっかり写っているのですが、結構暗かったのです(iphone16すげえ!)。
最後は印刷機なんかを置いていたみたいな話が漏れ聞こえてきました。

教育会館 解体

古い建物は本当に細かいところまでこだわりが見えるものが多いですね。
今ならポールを据えつけるだけっぽそうな場所の手すりもしっかり作り込まれてました。

教育会館 解体

こんなふうになっていたか、教育会館。
所有者が同意すれば重要文化財や登録有形文化財に登録もできる建物だったそうです。

こういった建物・構造物を残すか否かという議論、鹿児島でも色々起こっています。
お金を出せるところがないんなら仕方ないとも思うわけですが、実際に見てみると今回も再三お伝えしたとおり「昔の人はあの時代ここでどんなことを考えてたのかな」と思いを巡らせることができることにとても魅力というか心の豊かさみたいなものを感じます。
歴史をやっている方にとっては歴史の生き証人が残っているのが大事だと思うし、建築業界の方にとっては先人たちの仕事を残しつないでいくことに使命感を感じている方もいらっしゃると思います。
「価値」みたいなことが強く言われる世の中で、経済性や価値を感じられない・感じてもらえない場所があり続けることがとても難しい時代でもあります。

価値って難しいナァとおもいつつ、日本の、鹿児島の先人たちが残した財産を手放す瞬間を見てきました。
こういった場所に思いを巡らせることができる鹿児島民でありたいものです。

教育会館の見学会、28日もあるようなのでお時間がある方はぜひ。
9月から工事も始まるっぽいので最後の機会になるようです。

そいじゃあまあた!

鹿児島県教育会館 最後のおわかれ見学会

場所: 鹿児島県鹿児島市山下町4−18

日程:2025年8月27、28日

教育会館 解体
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この記事を書いた人

指宿生まれ霧島育ちのアラフォー。中学生時代からWebサイト作りに励んでいます。現在、月間最高100万PVの鹿児島地域情報サイトカゴシマニアックスを運営。
10年以上活動していたYahoo!ニュースエキスパート、LINEニュース、SmartNews、マークパンサー公式サイトに記事配信をしたり、南日本放送MBCでパーソナリティもして鹿児島の情報を提供し続けています。
地域のグルメやニュース、チェーン店・コンビニ情報を提供し続けています。
上級ウェブ解析士、上級SNSマネージャー、PRプランナーの資格を持ち、企業・個人のWeb施策・広報PR・マーケティングのサポートもしています。